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浦和地方裁判所 昭和62年(ワ)226号 判決 1991年1月28日

原告

アイメガネジャパン株式会社

右代表者代表取締役

澤田信三

右訴訟代理人弁護士

松尾翼

内田公志

小杉丈夫

長浜隆

辰野守彦

八木清子

瀬野克久

奥野泰久

谷口正嘉

被告

岩尾昭紀

右訴訟代理人弁護士

中村順英

興津哲雄

荒巻郁雄

主文

一  被告は原告に対し一四八万六七二〇円及びこれに対する昭和六二年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し二九七万三四四一円及びこれに対する昭和六二年三月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙商標目録記載の番号一から同一一までの各登録商標(以下、その全部を指すときは「本件各商標」といい、個々のそれを指すときは「本件商標一」、「本件商標二」…というように番号を付して表示する。)について商標権(以下、これを右商標のそれに準じて略称する。)を有している。

2  被告は眼鏡、コンタクトレンズ等の販売等を業としている者であるが、その商品について、別紙標章目録記載の標章1、2、3、5を店舗の看板類や出入口扉に、4、7を商品宣伝用パンフレットや営業の案内状に、5、6を眼鏡ケースや眼鏡拭きに、それぞれ表示して使用している(以下、別紙標章目録記載の各標章については、その全部を指すときは「本件各標章」といい、個々のそれを指すときは「本件標章1」、「本件標章2」、…というように番号を付して表示する。)。

3  本件各標章は「愛」及び英語で「目」を意味する「アイ」と、「コンタクトメガネ」(本件標章1)、「コンタクト」(本件標章2)、「・メガネ」(本件標章3)、「コンタクト・メガネ」(本件標章4、5)又は「コンタクト診療所」(本件標章7)を一連に結合した造語標章か、若しくは右「アイ」と視力検査に用いるランドル環「」を図案化した図形標章である。「コンタクト」は英語で「接触」を意味する言葉であって、視力補正器であるコンタクトレンズを暗示させるものである。「メガネ」は視力補正器であり、「コンタクト診療所」はコンタクトレンズに関し診療サービス等を提供する場所であることを暗示させる言葉である。そして、いずれの標章でも、語頭の「アイ」の部分は「目」及び「愛する」という意味をもち、一般に親しみ易く、特に人の注意を引き、強く記憶、印象に残る部分であるから、本件各標章の要部をなすものというべきである。

一方、本件各商標は、いずれも「アイ」という称呼、「愛」という観念、「目」又は「メガネ」の図案、若しくはこれらの組合せによって構成されており、本件各標章の要部である「アイ」と外観、称呼、観念のいずれかを同じくしている。特に、本件商標一の「アイ」は文字商標そのものであって、本件各標章の要部である「アイ」とは外観、称呼、観念のすべてにおいて同一である。

したがって、被告が販売等のために取り扱う商品について本件各標章を使用することは本件各商標権の侵害である。

4  原告が右商標権の侵害により被る損害は本件各商標の使用に対する対価としてその使用者から受領する金銭、すなわち使用料に相当するとみるべきところ、通常、右使用料は当該商品の売上高の五パーセントを下ることはない。被告の昭和五八年以降の眼鏡、コンタクトレンズ等の年間売上高は、昭和五八年は一三二一万五九六〇円、同五九年は一一八九万八九一二円、同六〇年は一二二三万七七三〇円、同六一年は一二四六万一七〇八円、同六二年は九六五万四五二三円であり、その合計額五九四六万八八三三円に対する五パーセントの金額二九七万三四四一円である。

よって、原告は被告に対し右二九七万三四四一円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六二年三月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実のうち、被告が眼鏡、コンタクトレンズ等の販売を業としている者であること、被告が本件標章2、3を店舗の看板類や出入口扉に、4を商品宣伝用パンフレットや営業の案内状に、5、6を眼鏡ケースや眼鏡拭きに、それぞれ表示して使用していることは認めるが、その余は否認する。

商品宣伝用パンフレットのなかには本件標章7が表示されているものがあるが、本件標章7は被告が経営する店舗に併設されている医師の診療所の名称であって、被告がこれを使用しているのではない。

3  同3の主張のうち、本件各標章が英語で「目」を意味する「アイ」と、「コンタクトメガネ」(本件標章1)、「コンタクト」(本件標章2)、「・メガネ」(本件標章3)、「コンタクト・メガネ」(本件標章4、5)又は「コンタクト診療所」(本件標章7)を結合したものであることは争わないが、「アイ」が「愛」を意味すること及び「アイ」が本件各標章の要部をなすものであること、本件各標章が本件各商標との間に同一性若しくは類似性を有していることは争う。

本件各標章はすべて眼鏡、コンタクトレンズ及びその付属品との関連で使用されているものであって、本件各標章においては、「アイ」は「メガネ」、「コンタクト」等の用語と結合して表示されているのである。したがって、ここでの「アイ」は英語の「eye」、すなわち「目」を観念させるにすぎず、これからは「愛」、「哀」等の観念を生ずることはない。そして、「目」を意味する「アイ」は視力補正器である眼鏡やコンタクトレンズ等の商品については自他識別能力を有しない。すなわち「アイコンタクト」からは「目のコンタクト」というほどの、「アイメガネ」からは「目のメガネ」というほどのそれぞれ観念を生ずるだけであって、「アイ」が本件各標章の要部をなすものではない。また、本件標章7はランドルド環を図案化したものではない。したがって、本件商標二、三、四、五、六、七についてはもとより、本件商標一一についても本件各標章との間の類似性を論ずる余地はないのである。

本件商標一、八、九、一〇は図形商標であって、文字商標そのものではない。したがって、これらの商標はその外観にのみ商品の自他識別能力があるにすぎないのであり、そうだとすれば、これらの商標と本件各標章とは外観が全く異なっており、その間の類似性を問題とする余地はない。

4  同4の事実のうち、被告の年間売上高は認めるが、その余は争う。

本件各商標の知名度、被告による本件各標章の使用様態等、一切の事情を考慮するならば、たとえ、被告による本件各標章の使用が本件各商標権の侵害になるとしてもそれによって原告が被る損害は右年間売上高の0.25パーセントを上回ることはない。

三  抗弁

1  被告は本件標章2、3、4、5、6を被告が営業として行う眼鏡、コンタクトレンズに関する検眼、修理、販売等のサービス業務の目印となる「サービスマーク」又は「屋号」として使用しているのであって、販売等のために取り扱う商品の出所表示、すなわち商標として使用しているのではない。特に、本件標章4は被告が経営する店舗の所在地及び電話番号と併記され、店舗の名称、すなわち商号として使用されているのであり、本件標章3は被告が東京都知事あてに提出した「医療用具販売業届書」に記載された営業所の名称である。この届出のときも、被告は、当初、営業所の名称としては本件標章4と同じく「アイコンタクト・メガネ」と記載したのであるが、当局から「コンタクト」の名称を用いるのは営業の実態に照らして相当でないとの理由で削除するよう求められ、本件標章3のように「アイ・メガネ」と訂正したものである。被告が販売等のために取り扱う商品については右各標章とは別の商標が付されている。

2  仮に、本件商標一が図形商標ではなく、「アイ」の用字を用いた文字商標であり、「アイ」が「目」を意味するものとすれば、本件商標一は商標法第三条第一項第三号に違反して登録されたものとなり、同法第二六条第一項第二号により本件商標権一の効力は「アイ」には及ばない。

3  原告は、かつて、株式会社アイセンターを請求人とする本件商標一についての登録無効審判事件の審判手続において、請求人が別の登録商標である「EYE」との同一性若しくは類似性を根拠に本件商標一の登録無効を請求したのに対し、本件商標一の顕著性、自他識別能力がもっぱら「アイ」の片仮名文字の特殊な図案化にあるとし、その商標権の保護範囲はその枠内に留まることを主張し、審決も本件商標一が図形商標であることの限度で審判不成立とした。したがって、右審判手続において、仮に原告が本件商標権一の保護範囲が「ア・イ」の称呼にも及ぶと主張したとすれば、本件商標一は商標法第四六条第一項第一号により無効とされたはずであり、本件商標一は元来同法第三条第一項第三号ないし第六号により商標登録を受けることのできる要件を欠いていたことになるのである。このように、原告は、本件商標一について、その登録手続や無効審判手続において、商標権の保護範囲が極めて限定されたものであることを主張して、商標登録を可能にし、若しくは審判不成立の審決をえておきながら、本件訴訟において、過去において自ら否定した範囲にまで商標権の保護範囲を拡張して主張することは禁反言の法理に反し、信義則上許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、被告が本件標章2、3、4、5、6を被告が営業として行う眼鏡、コンタクトレンズに関する検眼、修理、販売等のサービス業務の目印となる「サービスマーク」又は「屋号」として使用していて、販売等のために取り扱う商品について商標として使用してはいないことは否認する。

商標は、商標権者が販売等のために取り扱う商品についてこれを他の商品と識別し、その出所を表示する機能を有するばかりでなく、需要者・取引先のために商品の品質を保証する機能を有している。したがって、ある標章が商標として使用されたかどうかは使用した者の主観によるのではなく、これが商品について使用されることにより商品取引者や一般の需要者において、この商品と、右標章と同一若しくは類似の商標が付された他の商品との間に誤認・混同を生ずるかどうかによって決せられるべきである。このような見地からすれば、たとえ、被告において前記各標章をその営業についての「サービスマーク」又は「屋号」として使用したつもりであるとしても、これを店舗の看板類等に表示して使用することにより被告が販売等のために取り扱う商品と本件各商標が付された商品との間に右にいう誤認・混同が生ずる以上、右各標章は商標として使用されたというべきである。

2  同2の主張は争う。

商標「アイ」は商標法第三条第一項第三号にいう「用途」には該当せず、したがって、これについては同法第二六条第二項第二号の適用もないというべきである。

3  同3の事実のうち、被告主張の登録無効審判事件について、特許庁が昭和五四年三月一日、本件商標一がもっぱら図形商標であることを理由として別の登録商標である「EYE」との類似性を否定し、審判不成立の審決をしたことは認めるが、その余は争う。

右登録無効審判事件は、本件商標一にかかる商標権を侵害したことを理由とした商標法違反被疑事件の被疑者が自らの刑事責任を免れるために、当時存在していた登録商標である「EYE」(商標権者・株式会社服部セイコー)と本件商標一との類似性を主張して無効審判を申し立てたものであり、本件訴訟はこれとは何の関係もないのであるから、原告が本件訴訟において右登録無効審判手続において主張したことと異なる主張をしたからといって、これが信義則に反するわけではない。

第三  証拠<省略>

理由

一<証拠>によれば、原告はもとは「アイ通商株式会社」と称していたが、昭和五八年一〇月二八日、現在の会社名に変更したものであること(同年一一月一〇日登記)、本件商標一は昭和五〇年四月九日の登録の時点では原告の代表者である澤田信三の名義で登録されたのであるが、昭和五六年四月五日、アイ通商株式会社(原告)に対して譲渡されたこと(同年八月一七日登録)、本件商標二ないし一一は当初からアイ通商株式会社(原告)の名義で登録されたものであり、本件各商標は連合商標となっていることが認められる。これによれば、原告は本件各商標について商標権を有していることが明らかである。

二被告が眼鏡、コンタクトレンズ等の販売を業としている者であること、被告が本件標章2、3を店舗の看板類や出入口扉に、4を商品宣伝用パンフレットや営業の案内状に、5、6を眼鏡ケースや眼鏡拭きに、それぞれ表示して使用していることは当事者間に争いがない。<証拠>によれば、被告が経営する前記営業のための店舗は肩書住所地にあるビルディング(ビスハイム池袋)の三階三〇一号室におかれているところ、右ビルディングの外壁に取り付けられた袖看板及び一階入口におかれた立看板には本件標章1が表示されて使用されていることが、<証拠>によれば、被告の店舗で販売等のために取り扱っているコンタクトレンズの宣伝用パンフレットのなかには本件標章7が余白部分にゴム印で表示されて使用されているものがあることが、それぞれ認められる。そのほか、原告は、被告が本件標章5を店舗の看板類や出入口扉に表示して使用していると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件標章1、2、3は、これが店舗の看板類や出入口扉に表示されることにより、その内容、外観からして、結果的に被告の店舗で販売等のために取り扱っている商品の宣伝、広告として機能する一面をも帯有するに至ったことは否定できず、商品に関する広告に付された(商標法第二条第三項第三号)とみるのが相当である。また、本件標章4、7は、商品宣伝用パンフレットや営業の案内状(<証拠>によれば、この案内状はもっぱら被告の店舗で販売等のために取り扱うコンタクトレンズの宣伝を目的としたものであることが認められる。)に表示されたことにより、商品に関する広告に付された(同号)ことは明らかであり、本件標章5、6は、眼鏡ケースや眼鏡拭きに表示されたことにより、商品に付された(同項第一号)ことは言うまでもないことである。そうすると、被告は、以上の各標章を被告が経営する店舗で販売等のために取り扱う商品について使用したということができる。

三そこで、右各標章の使用が商標として使用されたものではないといえるかどうかについて検討するのに、<証拠>によれば、被告は永らく視力補正のためのコンタクトレンズに関する検眼サービス等の業務に従事してきた者であるが、昭和五三年四月、独立して、肩書住所地に主としてコンタクトレンズの販売、修理及びこれに伴う検眼サービス等を行うことを営業目的とする店舗を開設したこと、右営業はコンタクトレンズの販売、修理等を担当する部門と検眼サービスを担当する部門とから成り、開設に当たり、被告は、店舗について右前者の部門には「アイコンタクト・メガネ」(本件標章4)という名称を、後者の部門には「アイコンタクト診療所」(本件標章7)という名称をそれぞれ付することとし、東京都知事に対する医療用具販売業届書においても、当初、「営業所の名称」を「アイコンタクト・メガネ」としたのであるが、当局から「コンタクト」の名称を用いるのは営業の実態に照らして相当でないとの指摘を受けたので、止むなくこの部分を削除し、右届出との関係では「営業所の名称」を「アイ・メガネ」(本件標章3)としたこと、被告が右のような名称を思いついたのは、被告の妻の名が「愛子」であったことと、右店舗での営業が「目」にかかわることであったため、「愛子」の「愛」と英語で目を意味する「アイ」とをかね合わせるという発想から出たものであり、その際、被告は、既に「アイ」の用語を用いた商号ないし商標があるかどうかについてまでは思い至らなかったこと、被告の店舗で行うコンタクトレンズ等の販売はすべてメーカーからの委託によるものであって、これらの商品にはすべて当初からメーカーによって独自の商標が付されており、被告の店舗でこれらの商品について商標が付されることはなく、店舗の開設以来、被告は、本件各標章をその店舗の名称として看板類や出入口扉等に表示して使用してきたものであることが認められる。これによれば、被告は、本件各標章を被告の店舗で販売等のために取り扱う商品について商標として使用する意思がなかったことは明白である。

しかしながら、商標は、これを商品について使用することにより、その商品とこれと同種若しくは類似の他の商品とを識別して、その出所を明らかにし、取引関係者や一般の需要者に対し、これが一定の品質を有しているものであることを保証するという機能を営むものであるから、ある標章が商品について使用されたことに関して、これが商標として使用されたものか、そうでないかの判断は、右標章が商品について使用されたことにより、その商品について前述したような商標としての機能を営むに至ったかどうかによるべきであって、これを使用した者の主観的な意思・目的によるものではないと解するのが相当である。ところで、本件各標章のうち、7の標章それ自体からは目に関する診療施設の観念が生ずるが、1から5までの標章それ自体から生ずるのは眼鏡、コンタクトレンズ等の視力補正器についての観念であって、それのみからは右視力補正器の販売店の観念は生じない。また、6の標章は図形標章と文字標章をかね合わせたものであって、その図形と図形化された「アイ」の文字から眼球、ひいては眼鏡、コンタクトレンズ等の視力補正器の観念を生ずる余地はあるにしても、それのみからは右視力補正器の販売店の観念は生じない。したがって、右1から6までの標章を右視力補正器の販売、修理等を営業とする店舗の名称として使用するためには、これにそのことを示すための何らかの表示ないし状況が付け加わることを要すると解されるところ、<証拠>によれば、(1)被告の店舗においては、大通りに面した窓には、その全面を覆うようにして、上段には本件標章2が大書きされ、下段には本件標章1及び店舗の電話番号その他の宣伝文句が小さく書かれた看板が掲げられていること、(2)店舗があるビルディングの角には本件標章1及び6が三階を示す「3F」の記号とともに表示された袖看板がそのほかの看板とともに縦一列に掲げられていること、(3)ビルディングの入口には本件標章1が大書きされ、店舗の営業時間、電話番号及び「3F」の記号等が小さく書かれた立看板が置かれていること、(4)店舗の出入口扉には本件標章2が大書きされ、本件標章3及び営業時間が小さく書かれて表示されていることが認められる。これによれば、右看板等には店舗の営業時間や電話番号が付加されているものもあるけれども、その表示の状況からして、右看板等に表示された本件標章1、2、3、6は、これを見る取引関係者や一般の需要者をして、これが直ちに被告の店舗の名称としてその所在を示しているとの認識を抱かせるとはいえず、その表示の状況からは、右各標章は被告の店舗で販売等のために取り扱っている商品に付された名称であって、右看板等の表示は右商品の宣伝のためのものか、あるいはこれが販売され、展示されている場所を示しているとの認識を抱かせる余地が多分に存するところである。そして、現実に被告の店舗において眼鏡、コンタクトレンズ等が販売されているところからすれば、右各標章は被告の店舗で販売等のために取り扱っている商品について前述した商標としての機能を営んでいるといわなければならず、商標として使用されたものではないと認めることは困難である。

次に、<証拠>によれば、(1)被告の店舗では顧客向けに各種コンタクトレンズの宣伝用リーフレットを備えおき、配布しているが、これらのリーフレットはいずれもそれぞれのメーカーが作成し、販売店に交付したものであること、これらのリーフレットにはメーカーごとの商品について「エルコンG・Pブルー」とか「Hi-O2」とかの商標が表示されており、被告の店舗ではこれらのリーフレットを配布する際、その空欄に店舗の所在地及び電話番号と一体となった本件標章4を刻したゴム印又は店舗の電話番号と一体となった本件標章7を刻したゴム印を押印していること、(2)コンタクトレンズのメーカーによっては、販売店を通じて一般の需要者に対して差し出すための宣伝用案内状(ハガキ)を作成しているところがあり、被告の店舗ではその交付を受け、所定の空欄の部分に店舗の所在地、営業時間、電話番号及び略図とともに本件標章4を印刷して顧客あてに郵送していること、(3)被告の店舗では眼鏡を買い上げた顧客に対しサービスとして眼鏡ケースや眼鏡拭きを無償で提供しているが、これらには店舗の所在地、電話番号及び最寄り駅からの所要時間とともに本件標章5、6が表示されていることが認められる。これによれば、右リーフレット等に表示された本件標章4、5、6、7は、その表示された状況からして、リーフレット等に掲げられたコンタクトレンズや眼鏡ケース、眼鏡拭きを販売等のために取り扱っている店舗の名称を示していることは何人の目にも明らかであり、これらの標章は右コンタクトレンズ等について商標として使用されたものではないということができる。

四そこで、進んで、店舗の看板類、出入口扉に表示された本件標章1、2、3、6のうち、原告が商標権侵害の根拠として主張する1、2、3の標章についてこれが本件各商標との間に類似性を有しているかどうかについて検討する。

本件標章1、2、3は「アイ」という片仮名文字と「コンタクトメガネ」(本件標章1)、「コンタクト」(本件標章2)又は「・メガネ」(本件標章3)とを一連に結合した造語標章であって、その字形は太線を円みを帯びた曲線として用いて図案化されており、右各標章は文字標章であると同時に、図形標章としての一面を備えていることも否定できないところである。そして、語頭の「アイ」に結合された「メガネ」又は「・メガネ」は視力補正器としての眼鏡の普通名称を単に片仮名文字で表示したものであって(眼鏡を片仮名文字で表示することは普通に用いられている方法である。)、この部分に標章としての特徴を見出すことはできない。また、「コンタクト」は、英語で「接触」を意味する言葉であるが、これが「アイ」又は「メガネ」の一方又は双方の用語と結合して用いられることにより視力補正器としてのコンタクトレンズを暗示させるものであって、「メガネ」又は「・メガネ」と同様、それ自体としては標章としての特徴を形成するものではない。これに対して、「アイ」は英語で「目」を意味する言葉であって、その限りでは特別の意義を有しているわけではないが、いかに英語が普及したとはいえ、今日においても、わが国では「アイ」が日本語化し、「目」を意味する言葉として普通に用いられている状況にはないのである。そうすると、本件標章1、2、3においては、その語頭の「アイ」という片仮名文字を太線の円みを帯びた曲線によって図案化したところに特徴があり、これが人の注意を引き、強く記憶、印象に残る部分であって、本件標章1、2、3の要部を成すというべきである。

一方、指定商品を商標法施行令別表の第二三類(時計、眼鏡、これらの部品及び附属品)とする本件商標一、八、九、一〇は、それ自体からして、英語で「目」を意味する「アイ」という片仮名文字を太線の円みを帯びた曲線によって変形し、色付きの地肌に白地で抜いて図案化したものであり、文字標章としての一面を残してはいるものの、その図案化の程度からして、その外観に特徴を有する図形標章とみるのが相当である。そこで、本件商標一、八、九、一〇と本件標章1、2、3とを比較対照すると、本件標章1、2、3は本件商標一、八、九、一〇とは、「アイ」という片仮名文字の変形の程度に差はあるものの、その外観において類似した部分があることが認められるから、本件標章1、2、3は本件商標一、八、九、一〇との間に類似性を有しているということができる。

ところで、原告は、本件標章1、2、3は本件商標二、三、四、五、六、七、一一との間にも類似性を有していると主張するが、双方を比較対照すると、本件標章1、2、3は本件商標二、三、四、五、六、七とは二、六の商標において称呼の一部を同じくするだけであって、そのほかには称呼、観念、外観の各点においては類似した部分を見出すことはできず、本件標章1、2、3が本件商標二、三、四、五、六、七との間に類似性を有していると認めることはできない。また、本件商標一一は目に関する何らかの施設を観念させるものであり、本件標章1、2、3と比較対照すると、双方の間には称呼の一部を同じくするほかには観念、外観の各点において類似した部分を発見できず、本件標章1、2、3と本件商標一一との間には類似性を認めることは困難である。

そうすると、被告がその経営する店舗の看板類や出入口扉に本件標章1、2、3を表示して使用したことは原告が有する本件商標一、八、九、一〇を侵害するものであり、被告には本件標章1、2、3を使用するについて事前に十分な調査をせず、使用に際して十分に意を用いなかったなどの点で過失があると推定できるから、被告は原告に対しこれによって原告が被った損害を賠償すべきである(なお、被告の抗弁2、3は本件商標一が文字標章であることを前提とするものであるから、これを図形標章とみる限り、その前提を欠き理由がないことに帰する。)。

五被告がその経営する店舗において昭和五八年から同六二年までの間本件標章1、2、3を前述のようにして使用したことは弁論の全趣旨に照らして明らかであり、その間の右店舗での眼鏡、コンタクトレンズ等の年間売上高は原告主張のとおりであり、その合計額は五九四六万八八三三円であることは当事者間に争いがない。

そして、原告は、右商標権侵害による損害に相当する額として賠償を請求できる当該商標の使用料(商標法第三八条第二項)の額は右売上高の五パーセントとするのが相当であると主張する。しかしながら、被告の本人尋問の結果によれば、被告が経営する店舗においては、眼鏡、コンタクトレンズ等を買い上げる客は、そのほとんどが従来からの得意客か、これから口伝えに評判を聞いて訪れる客であって、店舗の看板等を見て来店する客は極めて少ないことが認められ、これによれば、被告の店舗においては本件標章1、2、3を看板類等に表示して使用することはその売上高にさほど大きな寄与をしているわけではないことが推認できる。また、原告代表者の尋問の結果によれば、本件各商標権は、かつて何度か第三者によって侵害されたことがあり、この場合、原告は右侵害者との間で一〇〇万円ほどの和解金の支払を受けることによって事件の示談解決を図ってきたことが認められ、そのほか、前認定のような被告の店舗における本件標章1、2、3についての使用の態様に照らすと、右使用料は売上高に対する2.5パーセントとするのが相当である。

したがって、被告は原告に対し前記売上高合計五九四六万八八三三円の2.5パーセントに相当する一四八万六七二〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日(商標権侵害行為の後)であることが記録上明らかな昭和六二年三月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

六よって、原告の請求は右説示の限度でこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大塚一郎、裁判官小林敬子 裁判官西郷雅彦)

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